事業継承と事業承継の違いとは?どちらが正しいか元支援機関の担当が解説
下地 貴之
代表社員・中小企業診断士
「事業継承」と「事業承継」。会社の跡継ぎについて調べていると、この二つの書き方が両方出てきて、どちらが正しいのか迷った方は多いと思います。検索窓に打ち込むとき、書類に書くとき、どちらを使えばいいのか。ちょっとした違いですが、いざとなると気になるものです。
私は山梨県事業承継・引継ぎ支援センターで8年間(2017〜2025)、統括責任者補佐として数えきれないほどの経営者の相談を受けてきました(下地貴之)。その現場の実感も交えて、この言葉の違いに一度きちんと答えを出しておきます。細かい言葉の話に見えて、実は「そもそも承継とは何を引き継ぐことなのか」という本質にもつながる話です。
事業継承と事業承継の違いは何ですか
先に答えを言ってしまいます。二つの言葉の意味はほぼ同じで、日常の会話ではどちらを使っても通じます。ただし、法律や国の制度は例外なく「承継」を使います。会社を次の代へ引き継ぐことを公式に指すなら「事業承継」が正解です。
では「承」と「継」で何が違うのか。一般によく説明されるのは、次のような含みの差です。
漢字 | もとの意味 | 引き継ぐもののイメージ |
|---|---|---|
承 | 受ける・受け止める | 先代の意志・理念・想いまで |
継 | つなぐ・後を継ぐ | 地位・財産など目に見えるもの |
「承継」は先代の考えや理念といった、目に見えないものまで受け継ぐニュアンスを含む。「継承」は地位や財産といった、物理的なものを引き継ぐイメージが強い。そう整理されることが多いです。ただ、これはあくまで漢字の成り立ちに基づく一般的な説明であって、実際の会話ではそこまで厳密に区別されているわけではありません。
そもそも、なぜ二つの書き方が混在するのか。理由の一つは、パソコンやスマホで「けいしょう」と打つと「継承」が先に変換されやすいことにあります。王位継承や技の継承など、一般的な文章では「継承」のほうが見慣れているため、会社の跡継ぎの話でも自然とそちらを使ってしまう。決して間違いというわけではなく、日本語として「継承」も正しい言葉です。だからこそ両方が世の中に出回り、調べる人を迷わせているのです。跡継ぎの相談で相談先を探すときの入口については、事業承継は誰に相談すればいい?もあわせてご覧ください。
公的な文書ではどちらを使うのですか
国の制度名は、一つの例外もなく「承継」で統一されています。迷ったときは「承継」と書いておけば、まず間違いありません。ここは含みの話ではなく、事実として決まっているので、覚えてしまうのが早いです。
実際に、国が使っている名称を並べてみます。
- 事業承継税制(自社株の贈与・相続にかかる税を猶予する制度)
- 事業承継・引継ぎ支援センター(全国47都道府県に置かれた公的な相談窓口)
- 事業承継ガイドライン(中小企業庁がまとめた指針)
- 事業承継・引継ぎ補助金(承継やM&Aの費用を補助する制度)
このとおり、税制も、窓口も、ガイドラインも、すべて「承継」です。役所に出す書類、補助金の申請、専門家とのやりとり。こうした公式の場面では「事業承継」で書いておくのが正確です。逆に言えば、「継承」と書かれた制度は国には存在しません。ニュースや新聞も、跡継ぎの文脈ではほぼ「承継」で書かれています。
なぜ国はここまで「承継」で徹底しているのか。はっきりした公式の理由が示されているわけではありませんが、会社を引き継ぐという行為が、単なる地位や財産の移転にとどまらないからだと私は受け止めています。従業員の雇用、取引先との関係、地域での役割。そうしたものまで含めて次の代へ「受け継ぐ」という重みを、「承」の一字に込めているのだと考えると腑に落ちます。書き方一つですが、国が中小企業の承継をどう捉えているかが透けて見える気がします。
現場ではどちらでも通じますか
結論から言うと、通じます。8年間、相談の現場に立ってきて断言できますが、言葉の使い分けを間違えて恥をかいた社長は、ただの一人もいませんでした。「事業継承の相談に来ました」とおっしゃる方も、ごく普通にいらっしゃいます。
相談員の側は、社長が「継承」と言おうが「承継」と言おうが、指摘したりしません。大事なのは言葉の正しさではなく、悩みを抱えた社長が窓口までたどり着いてくださったこと、その一点だからです。むしろ、言葉の正誤を気にして相談をためらう方がいるとしたら、そちらのほうがもったいない。検索するときも、「事業継承」で調べて出てくる情報と「事業承継」で出てくる情報は、中身はほとんど同じです。
「こういう相談で合っていますか」「言い方が違ったらすみません」。窓口では、そんな恐縮の言葉とともに始まる相談が少なくありませんでした。真面目な経営者ほど、言葉一つにも気を遣われるのです。けれど、いざ話が始まってしまえば、字の話などどうでもよくなるほど中身の濃い相談になります。言葉は入口の看板にすぎず、大事なのは扉の向こうにある会社の話です。看板の字体で立ち止まってしまうのは、本当にもったいないのです。
現場での実感をもう一つ添えておきます。相談にいらっしゃる社長の多くは、そもそも「事業承継」という熟語自体を、日頃あまり使いません。「息子に会社を渡したい」「そろそろ跡継ぎを考えないと」といった、ごく普通の言葉で話し始められます。「承継」も「継承」も、専門家や役所が使う言葉であって、経営者ご本人の生活の言葉ではないのです。だから言葉選びで身構える必要はありません。ふだんの言い方のまま来ていただければ、あとはこちらで整理します。
ですから、どう書くべきか迷ったせいで一歩を踏み出せない、という状態にだけはならないでいただきたいのです。書類を書く段になったら「承継」に直せばいい。それだけの話です。公的窓口である事業承継・引継ぎ支援センターが実際に何をしてくれる場所なのかは、事業承継・引継ぎ支援センターとはで詳しく書いています。
言葉より大事な「何を引き継ぐのか」とは
言葉の違いにこだわるより、はるかに大事なことがあります。それは「承継とは、具体的に何を引き継ぐことなのか」です。ここを取り違えたまま話を進めると、後で必ずつまずきます。中小企業庁は、承継で引き継ぐものを大きく三つに整理しています。
- 人(経営)の承継。会社を動かす経営者そのものを引き継ぐことです。後継者を誰にするか、いつ交代するか。承継の出発点であり、いちばん時間がかかる部分でもあります。
- 資産の承継。自社株、事業用の土地・設備、運転資金など、目に見える財産の引き継ぎです。株式の贈与や相続には税金が絡むため、事業承継税制などの制度がここで関わってきます。
- 目に見えにくい経営資源の承継。経営理念、長年培った技術、取引先や金融機関からの信用、人脈。数字には表れませんが、実は会社の価値の多くはここに宿っています。
この三つを見比べると、面白いことに気づきます。冒頭で触れた「承」の字が含むとされる、理念や想いといった目に見えないもの。それはまさに三つ目の「経営資源の承継」にあたります。言葉の含みの話は、実は承継の本質と地続きだったわけです。
とりわけ、多くの社長が見落としがちなのが三つ目です。株や地位を引き継いでも、取引先との信頼関係や現場の技術がうまく渡らなければ、会社は続きません。後継者がいる会社でも、この「見えにくいもの」の引き継ぎで苦労するケースを、現場では何度も見てきました。「社長が代わった途端に、長年の取引先が離れてしまった」という話は、決して珍しくないのです。
三つのうち、どれが一番やっかいかと聞かれたら、私は迷わず三つ目だと答えます。人の交代は日付を決められますし、資産の移転は制度や専門家の力で進められます。ところが、信用や人脈や技術は、書類の手続きでは渡せません。先代が現役のうちに、後継者を取引先へ連れて回り、現場で技術を教え、少しずつ「この人なら」と思ってもらう。そういう時間のかかる引き継ぎが要ります。だからこそ承継は、早く動き始めた会社ほど有利なのです。承継を考えるということは、突き詰めればこの三つをどう次へ渡すかを考えるということにほかなりません。
よくある質問
事業継承と事業承継、どちらが正しいですか?
日常会話ではどちらも通じますが、公式に正しいのは「事業承継」です。法律用語も、国の制度名も、すべて「承継」で統一されています。書類や申請で書くなら「承継」を使ってください。会話や検索では「継承」でも問題なく意味は伝わります。
ニュースや書類ではどちらを使えばいいですか?
「承継」を使ってください。役所に提出する書類、補助金の申請書、専門家とのやりとりなど、公式の場面はすべて「事業承継」で統一するのが正確です。新聞やニュースも跡継ぎの文脈ではほぼ「承継」で表記しています。迷ったら「承継」と覚えておけば間違いありません。
事業承継とM&Aの違いは何ですか?
事業承継は「会社を次の代へ引き継ぐこと」全般を指す広い言葉で、M&Aはその手段の一つです。親族に継ぐ、社員に継ぐ、第三者へ譲る。この三つの道のうち、第三者への譲渡がM&Aにあたります。つまりM&Aは事業承継の中に含まれる選択肢であって、対立する別物ではありません。跡継ぎが社内に見つからない会社にとっては、廃業を避けて会社を残すための現実的な道の一つになります。まず親族や社員での承継を検討し、それが難しいときにM&Aを考える。その順番で捉えていただくと分かりやすいはずです。
「継承」と言って相談に行っても大丈夫ですか?
まったく問題ありません。相談窓口の担当者は、社長が「継承」と言っても言葉を訂正したりしません。大切なのは言葉の正しさではなく、悩みを話しに来てくださることです。言い方を気にして相談をためらう必要は、少しもありません。安心して、今困っていることをそのままお話しください。
この記事の執筆者
下地 貴之(しもじ たかゆき)/合同会社Enridge 代表社員。中小企業診断士、事業承継・M&Aエキスパート。山梨県事業承継・引継ぎ支援センター 統括責任者補佐(2017〜2025)として、8年間にわたり数多くの経営者の事業承継・M&Aに携わる。現在は中小企業基盤整備機構 事業承継アドバイザーとしても活動。公的窓口の内側と民間の実務、その両方を知る立場から、経営者にとって本当に役立つ選択肢を中立の目線でお伝えしています。
言葉ではなく、中身の相談を
「事業継承」でも「事業承継」でも、書き方はどちらでも構いません。Enridgeが大事にしているのは、その言葉の先にある「何を、誰に、どう引き継ぐか」という中身のほうです。人・資産・目に見えない経営資源。この三つをどう次へ渡すか、一緒に整理するところからお手伝いします。
元・山梨県事業承継・引継ぎ支援センター統括責任者補佐が運営する会社として、無理な売り込みはいたしません。「まだ何も決まっていない」という段階でも大丈夫です。無料相談はお問い合わせからお気軽にどうぞ。