株式譲渡と事業譲渡の違いとは?会社を売るならどちらを選ぶか

下地 貴之

下地 貴之

代表社員・中小企業診断士

会社を手放すと決めたとき、社長がまず突き当たるのが「株式譲渡と事業譲渡、どちらで進めればいいのか」という問いです。同じ「会社を売る」でも、この二つは中身がまるで別物で、選び方を誤ると手取りが数百万円単位で変わったり、酒造免許のような大事な許可を失ったりします。名前が似ているぶん、違いがはっきりしないまま交渉に入ってしまう方が少なくありません。

私・下地貴之は、事業承継支援の現場で8年間、山梨の中小企業の譲渡に数多く立ち会ってきました。その中で痛感してきたのは、この二つの違いは机上の法律論ではなく、社長の手取り・従業員の雇用・会社の存続に直結する、きわめて実務的な分かれ道だということです。この記事では、売り手である中小企業の社長が「自社ならどちらを選ぶべきか」を自分で判断できるところまで、できるだけ噛み砕いて整理します。

株式譲渡と事業譲渡の違いとは?

ひとことで言えば、会社を丸ごと売るのが株式譲渡、事業だけを選んで売るのが事業譲渡です。この一点から、対価を受け取るのが社長個人なのか会社なのか、税金のかかり方、許認可や従業員の引き継ぎまで、すべての扱いが枝分かれしていきます。まずは全体像を一枚の表でつかんでください。

比べる点

株式譲渡

事業譲渡

売買の対象

会社の株式(=会社まるごと)

選んだ事業・資産だけ

取引の当事者

株主(社長)と買い手

会社(法人)と買い手

対価の受け手

社長個人

会社

税金

譲渡益に約20%(20.315%)

会社の利益に法人税等+課税資産に消費税

許認可

会社に紐づくため原則そのまま継続

原則として買い手が取り直し

負債・簿外債務

会社ごと引き継がれる

引き継ぐ範囲を選べる

従業員・契約

そのまま継続(同意は不要)

一人ひとりの同意を得て結び直す

表の右と左では、社長の身に起こることがここまで変わります。とくに「対価の受け手」と「許認可」「負債」の三つは、どちらを選ぶかを決める決定打になりやすいところです。以下では、それぞれの方法を順に見ていきます。

株式譲渡とはどんな方法か?

株式譲渡は、社長が持っている株式を買い手に譲る方法で、中小企業のM&Aではもっとも多く使われています。会社という器はそのまま残り、社名・契約・許認可・従業員の雇用は昨日と同じように続きます。対価は株主である社長個人の手元に入り、そのもうけ(譲渡益)に約20%の税金がかかります。

もう少し具体的に見ていきます。株式が動くだけなので、取引先との契約も、銀行との融資も、役所からもらった許可も、法律上は会社に紐づいたまま何も変わりません。従業員から見れば、替わるのは「社長」という人だけで、勤め先の会社は同じです。この手続きの軽さが、株式譲渡が選ばれる最大の理由になっています。

税金面では、個人の株主が受け取った譲渡益に対して20.315%(所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%)がかかり、他の所得とは分けて計算します。会社をいくらで売っても税率そのものは一定で、給与のように段階的に上がっていくことはありません。

気をつけたいのは、良いものも悪いものも丸ごと引き継がれるという点です。会社の借入金はもちろん、決算書に出てこない保証債務や未払いの残業代といった簿外債務まで、買い手が引き受けることになります。だからこそ買い手は中身を厳しく調べますし、赤字や債務超過の会社は、そのままでは値段がつきにくくなります。もっとも、赤字だからと諦める必要はありません。立て直しながら譲る道筋については赤字会社の売却と立て直しを解説した記事もあわせてご覧ください。

事業譲渡とはどんな方法か?

事業譲渡は、会社が営んでいる事業や資産の中から売るものを選んで譲る方法です。対価を受け取るのは会社そのものなので、もうけには法人税等がかかり、売る資産の中身によっては消費税も上乗せされます。会社の器は売り手の手元に残り、いらない資産や特定の負債を切り離して譲れるのが特徴です。

株式譲渡と決定的に違うのは、契約や許認可を一つずつ引き継ぎ直す必要があることです。取引先との契約は結び直し、従業員は一人ひとりから転籍の同意を取り、事業に必要な許認可は買い手が原則として取り直します。「必要なものだけ選んで渡せる」自由度の裏返しとして、手間と時間がかかる方法だと理解しておいてください。

消費税は、在庫・機械設備・のれん(営業権)といった課税資産の譲渡価額に10%が上乗せされます。土地のように非課税の資産もあるため、何を売るかで負担が変わってきます。この消費税は買い手が支払い、売り手の会社が預かって納める形になるため、資金の出入りのタイミングにも注意が必要です。

そしてもう一つ、対価が会社に入るという点には見落としがちな含みがあります。会社に残っている借入金や税金の滞納があれば、受け取った代金はまずその返済に回さざるを得ません。「事業を売った代金がそのまま自分の老後資金になる」とはかぎらず、会社の財布を経由するぶん、社長個人の手元に届くまでには一段クッションが挟まります。

加えて、売り手側には見落としがちな決まりがあります。事業を譲った側は、原則として同一の市町村と隣接する市町村の区域内で、20年間は同じ事業を営めないという競業避止義務を負います。加えて、事業の全部または重要な一部を譲渡する場合は、株主総会の特別決議が必要です。「譲った後に近所でまた同じ商売を」と考えている方は、ここで足を止めることになります。

税金と手取りはどう違うのか?

手取りという一点だけを見れば、多くの場合は株式譲渡のほうがわかりやすく有利です。個人が受け取った譲渡益に一度だけ約20%が課される株式譲渡に対し、事業譲渡は会社にまず法人税等がかかり、そのお金を社長個人が受け取る段階でもう一度課税される「二段構え」になりやすいからです。

順を追って見てみます。事業譲渡では、代金はいったん会社に入り、そこで法人税等の対象になります。残ったお金を社長が自分のものにするには、役員退職金や配当として引き出す必要があり、その受け取りにも個人の税金がかかります。つまり同じ売却総額でも、会社の段階と個人の段階の二回、税金の網をくぐるわけです。

一方で、退職金という受け取り方には税制上の手厚い優遇があるため、株式代金と退職金をどう配分するかで手取りは大きく動きます。株式譲渡のなかでも、対価の一部を退職金に振り分けることで負担を軽くする設計は広く使われています。ここは率だけを眺めていても答えが出ないところで、取得費・費用・退職金まで数字を置いて試算しないと結論が出せません。具体的な計算例は会社売却の税金と手取りを解説した記事で数字を追って説明していますので、そちらをお読みください。

なお、この記事の税率や消費税の扱いは2026年7月時点の一般的な解説です。実際の税額はお一人おひとりの事情で変わりますし、税制も改正されます。最終的な金額は必ず顧問税理士にご確認ください。当社も税理士と連携して、個別の試算からご一緒します。

どちらを選べばいいのか?

自社に合うのはどちらかを見極めるとき、私が現場で必ず確認するのが次の五つです。この問いにひとつずつ答えていくと、進むべき方向がかなりはっきりしてきます。

  • 会社ごと手放したいのか、一部の事業だけ残したいのか — 丸ごとなら株式譲渡、一部だけ切り出すなら事業譲渡が基本の入口です。
  • 許認可や免許の取り直しが難しくないか — 再取得に長い時間や高いハードルがある業種では、許可がそのまま残る株式譲渡が現実的です。
  • 簿外債務や個人保証のリスクが読みきれているか — 隠れた負債の心配が大きい会社を買い手が敬遠する場面では、必要なものだけ引き継げる事業譲渡が使われます。
  • 対価を社長個人の手元で受け取りたいか — 老後資金や次の元手として個人でまとまったお金を残したいなら、株式譲渡が素直です。
  • 株主が分散していないか — 株が親族などに散らばっていると、全員から株を集める手間が生じます。事前に整理しておく必要があります。

言葉だけでは実感が湧きにくいので、支援の現場で私たちが立ち会った例を、業種と規模だけを残して二つご紹介します。細部は個別事情によりますので、「こういう着地もある」という参考としてお読みください。

債務超過の醸造業が、あえて株式譲渡を選んだ理由

ひとつは、債務超過(およそ1,000万円)に陥っていた醸造業の会社を、別の会社が引き継ぐ検討を進めた案件です。数字だけを見れば、負債ごと引き受ける株式譲渡は買い手にとって重く、必要な資産だけ拾える事業譲渡のほうが身軽に見えます。それでも私たちは株式譲渡を選びました。

理由は二つあります。第一に、酒類を造るための免許は、事業譲渡だと買い手が新たに取り直す必要があり、その再取得が極めて困難だったこと。第二に、長年築いてきた取引先の信用を、会社の名義ごと途切れさせずに引き継ぎたかったことです。そこで、いったん株式譲渡で会社をまるごと引き継いだうえで、買い手からの増資によって債務超過を解消する道筋を描きました。免許と信用という「お金で買い直せないもの」を守るために、あえて負債ごと引き受ける形を選んだわけです。

従業員を守るために、事業譲渡が答えになった測量事務所

もうひとつは、廃業を考えていた従業員4〜5名の測量事務所の例です。代表は「あと20年」という体力の限界を意識し始めており、頼みにしていた若手からも退職の相談が出て、廃業の検討が現実味を帯びていました。けれども、安定した取引先と、長く働いてくれた従業員をそのまま放り出すことには、どうしても踏ん切りがつきませんでした。

ここで単純に廃業すれば、取引先も従業員の職も、その年で途切れてしまいます。私たちは、安定取引先と従業員をセットで引き継げる事業譲渡が、廃業よりもずっと多くのものを守れる選択だと判断しました。この案件で肝になったのは、従業員への伝達を最終段階まで控えることです。早い段階で「会社がなくなるらしい」と伝われば、不安から退職が始まり、肝心の事業の価値そのものが下がってしまいます。守るために、あえて黙って備える。従業員をどう守るかについては会社売却で従業員はどうなるかを解説した記事で詳しく触れています。

この二つの例が示すのは、「手取りが多いほうが正解」とはかぎらない、ということです。守りたいものが免許なのか、信用なのか、従業員なのか。それによって、選ぶべき方法は変わります。当社の事業承継・M&A支援でも、この「何を守りたいか」を出発点に、方法を組み立てています。

会社分割や事業承継とは、どう違うのか?

株式譲渡・事業譲渡と並んで名前を聞くのが「会社分割」と「事業承継」です。会社分割は事業譲渡と似ていますが法律上の手続きが別物、事業承継はもっと広い意味の言葉で、この二つは並べて比べる対象ではありません。混同しやすいので、位置づけだけ整理しておきます。

会社分割は、会社の事業を切り分けて別の会社に承継させる方法で、資産や契約をまとめて移せるぶん、事業譲渡のように一つずつ結び直す手間が軽くなる場合があります。一方で手続きは複雑で、専門的な判断が必要になります。中小企業では事業譲渡か株式譲渡のどちらかで足りることが多いため、まずはこの二つを軸に考え、会社分割は選択肢の一つとして頭の隅に置いておけば十分です。

「事業承継」は、そもそも売買に限った言葉ではありません。息子や娘に継がせる親族内承継、社内の役員や従業員に引き継ぐ承継、そして第三者へのM&Aまで、会社を次の担い手に渡すやり方すべてを含む広い言葉です。株式譲渡や事業譲渡は、そのうち「第三者に譲る」ときの具体的な方法にあたります。似た言葉の整理は事業継承と事業承継の違いを解説した記事もご参考にしてください。

株式譲渡と事業譲渡について、よくある質問

事業譲渡をすると、株式や会社そのものはどうなりますか?

事業譲渡で売るのは事業や資産だけなので、株式も会社も社長の手元に残ります。売った事業の代金は会社に入り、抜け殻になった会社をその後どうするかは社長が決めます。別の事業を続ける方もいますし、役目を終えたとして会社を清算する方もいます。株式ごと手放したい場合は、そもそも株式譲渡を選ぶことになります。

事業譲渡だと、従業員の給与や雇用はどうなりますか?

事業譲渡では、従業員は自動的には引き継がれず、一人ひとりの同意を得て新しい会社へ移る(転籍する)形になります。本人が望まなければ無理に移すことはできず、勤続年数や退職金の扱いも移籍先と改めて取り決めます。株式譲渡なら会社が同じままなので、こうした手続きは発生しません。給与や待遇の引き継ぎについては、会社売却で従業員はどうなるかで詳しく整理しています。

個人事業主でも、株式譲渡はできますか?

できません。株式譲渡は株式会社であることが前提なので、そもそも株式のない個人事業主は選べず、事業譲渡の一択になります。屋号や設備、取引先との関係、従業員をまとめて引き継ぐ形です。法人化してから譲るという考え方もありますが、手間と効果は状況によりますので、早めにご相談ください。

株式譲渡と事業譲渡で、仲介手数料は変わりますか?

手数料の計算のもとになる金額が違うため、結果として変わることがあります。多くの仲介では、譲渡の規模に応じて手数料が決まる考え方が使われ、オーナーが実際に受け取る額を基準にする場合もあります。当社の料金の考え方は報酬・料金のページにまとめていますので、方法を決める前にあわせてご確認ください。

この記事の執筆者

下地 貴之(しもじ たかゆき)/合同会社Enridge 代表社員。中小企業診断士、事業承継・M&Aエキスパート。山梨県事業承継・引継ぎ支援センター 統括責任者補佐(2017〜2025)として、数多くの経営者の事業承継・M&Aに携わる。現在は中小企業基盤整備機構 事業承継アドバイザーとしても活動。経営診断から承継後まで、税理士とも連携しながら一貫して支援している。

どちらが得かは、会社の中身しだいです

株式譲渡と事業譲渡のどちらが得かは、税率の高い低いだけでは決まりません。許認可を取り直せるか、簿外債務のリスクをどう抑えるか、株が誰の手にどれだけ分かれているか——会社ごとに事情が違うからこそ、答えも一社ずつ変わります。醸造業では株式譲渡が、測量事務所では事業譲渡が正解だったように、「守りたいもの」を軸に選ぶと道筋が見えてきます。

Enridgeは、多くの経営者の譲渡に伴走してきた経験をもとに、山梨・東京の中小企業の実情に合わせて、どちらの方法が向いているかを無料相談で一緒に整理します。「まだ売ると決めたわけではないが、違いだけ知っておきたい」——そんな段階でも構いません。初回相談は無料です。まずはお問い合わせください。

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