会社はいくらで売れる?中小企業の売却相場と価格の決まり方
下地 貴之
代表社員・中小企業診断士
「うちの会社、もし売るとしたらいくらになるんだろう」。そう考えたことのある社長は、決して珍しくありません。廃業を考える前に一度は値段を知っておきたい、後継者がいないので選択肢として持っておきたい、あるいは元気なうちに引き際を考えておきたい。理由はさまざまですが、まず知りたいのは「金額の見当」だと思います。
この記事では、中小企業の会社売却でよく使われる価格の目安と、その値段がどうやって決まるのかを、できるだけ噛み砕いて説明します。書いているのは私(下地貴之)で、山梨県事業承継・引継ぎ支援センターで8年間、数多くの譲渡の相談に立ち会ってきました。数字の理屈と、現場で実際に起きることの両方から、正直にお伝えします。
会社はいくらで売れるのか
中小企業のM&Aでよく使われる目安は、「時価純資産+営業利益の3〜5年分」です。これは「年買法(ねんばいほう)」と呼ばれる考え方で、実務の現場で広く使われています。ただし、これはあくまで出発点にすぎません。最終的な値段は、この目安を土台にしながら、買い手との交渉の中で決まっていきます。
つまり、机の上ではじき出した金額がそのまま売値になるわけではない、ということです。同じ会社でも、その事業を欲しがる買い手が現れれば高くなりますし、買い手が見つからなければ話は進みません。値段は「計算」で決まる部分と、「縁」で決まる部分の両方があると考えていただくのが、いちばん実態に近いと思います。
ですから、この記事で紹介する目安も「相場はこうだ」という断定ではなく、「話をするときの共通の物差し」として読んでください。同じ売上や利益でも、業種や地域、会社の状態によって値段はまるで変わります。ネット上には「この業種の相場は何倍」といった数字も出回っていますが、うのみにすると実態から離れてしまいます。まずはその物差しの中身から見ていきます。
売却価格はどう計算されるのか
年買法の計算はとてもシンプルです。会社の正味の財産(時価純資産)に、毎年の稼ぐ力(営業利益)の数年分を足す。これだけです。仮の例で見てみます。
これは仮の例です。時価純資産が5,000万円、営業利益が毎年1,000万円の会社があるとします。営業利益の3年分を上乗せするなら、5,000万円+1,000万円×3年=8,000万円。これが一つの目安になります。上乗せする年数が「3年分」なのか「5年分」なのかで金額が変わり、事業の将来性や安定度によってこの年数が動く、というイメージです。
会社の値段の付け方には、大きく分けて次の3系統があります。中小企業の実務では、このうち年買法(純資産ベースと収益ベースを足し合わせた考え方)が広く使われています。
評価の系統 | 考え方 | 主な使いどころ |
|---|---|---|
純資産ベース | 会社の正味財産で測る | 資産の多い会社・安定型 |
類似会社比較 | 似た上場企業の株価と比べる | 比較対象が取りやすい業種 |
将来収益ベース(DCF) | 将来の稼ぎを今の価値に割り戻す | 成長企業・大型案件 |
DCFは将来生み出すお金を予測して計算する精緻な方法ですが、予測の前提しだいで金額が大きく揺れます。中小企業の現場で年買法がよく使われるのは、財産という動かしにくい事実を土台にしつつ、稼ぐ力も加味できて、売り手も買い手も納得しやすいからです。難しい理屈を並べるより、「財産+数年分の利益」のほうが、お互い腹落ちしやすいのだと思います。
では、上乗せする利益が「3年分」になるのか「5年分」になるのか。ここは、その会社の稼ぐ力がどれだけ続きそうかで動きます。利益が毎年安定して出ていて、社長が抜けても続く見込みが立つ会社ほど、年数は長め(=高め)に見てもらいやすくなります。逆に、利益のばらつきが大きい、社長個人に頼っている、といった不安があると、年数は短めに抑えられがちです。同じ営業利益1,000万円でも、3年分なら3,000万円、5年分なら5,000万円と、上乗せ額に2,000万円の差が出る計算になります。この差がどこから生まれるのかを知っておくと、後の「磨き上げ」の話がぐっと分かりやすくなります。
「時価」純資産とは何か
ここで注意していただきたいのが、「純資産」という言葉です。決算書に載っている純資産の額と、売買のときに使う「時価」純資産は、同じではありません。帳簿の数字をそのまま信じてしまうと、見当が大きくずれることがあります。
なぜ違うのか。帳簿上の資産や負債の中には、実際の価値とかけ離れているものが混じっているからです。たとえば、次のようなものを一つずつ実態に引き直していきます。
- 土地や有価証券の含み損益(買ったときの値段のまま載っていることが多い)
- 回収できそうにない売掛金(帳簿では資産だが、実際には入ってこない)
- 売れ残った在庫や不良在庫(帳簿の値段では売れない)
- 退職金など、これから出ていく見えにくい負担
こうした調整を一つずつ加えていくと、帳簿の純資産と時価純資産の間に、思った以上の差が出ることがあります。長く商売をしてきた会社ほど、昔買った土地の含み益があったり、逆に古い在庫が積み上がっていたりします。だからこそ、「決算書の純資産額イコール会社の値段の土台」と早合点しないことが大切です。正確なところは、専門家が中身を一つずつ見て初めて分かります。
赤字や債務超過でも売れるのか
結論から言うと、赤字や債務超過でも売れるケースはあります。数字の上では価値がないように見える会社でも、買い手にとって欲しいものが揃っていれば、話は成り立ちます。実際、私がセンターで相談を受けてきた中にも、決算書の数字だけでは説明のつかない理由で引き継がれていった会社が、いくつもありました。
数字に表れない価値とは、たとえばこういうものです。長年かけて磨いてきた技術、簡単には取れない許認可、切りたくても切れない優良な取引先、育った職人や従業員、駅前や幹線道路沿いといった立地。これらは決算書には金額で載りませんが、買い手にとっては喉から手が出るほど欲しいことがあります。会社を一から作る手間と時間を、買うことで飛び越えられるからです。
ただ、正直に申し上げれば、赤字や債務超過の会社は条件が厳しくなるのが現実です。買い手が現れる数は減りますし、値段も抑えられがちになります。時価純資産がマイナス(債務超過)だと年買法の土台そのものがマイナスから始まるため、稼ぐ力の上乗せで持ち直せるか、あるいは技術や取引先に別の値段が付くかが勝負どころになります。値段が付かなくても、借入の連帯保証を引き継いでもらえる、従業員の雇用が守られる、といった「お金以外の解決」につながることもあります。
それでも「うちは赤字だから売れるはずがない」と最初からあきらめてしまうのは、もったいないと思います。まずは自社に数字以外の強みがないかを見つめ直すことから始めてください。廃業してすべてを失う前に、引き継ぎという選択肢がないかを確かめておく価値は十分にあります。
価格を左右する要素は何か
同じくらいの利益を出している会社でも、値段には差が付きます。買い手は、その会社を引き継いだ後に安定して稼ぎ続けられるかを見ているからです。値段を左右する主な要素を挙げます。
- 利益の安定性。毎年ばらつきなく利益が出ているほど、買い手は安心して値段を付けられます。
- 社長がいなくても回るか(属人化の度合い)。社長個人の腕や人脈に頼りきった会社は、引き継いだ途端に回らなくなる恐れがあり、評価が下がります。
- 特定の取引先への依存度。売上の大半を一社に頼っていると、その一社が離れたら傾く、と見られてしまいます。
- 従業員の定着。長く勤める人が多い会社は、引き継いだ後も現場が続く安心感があります。
- 設備の更新状況。古い設備は、引き継いだ後にまとまった買い替え費用がかかると見なされ、その分だけ差し引かれます。
この中でとりわけ差が出やすいのが、「社長がいないと回らない会社」かどうかです。社長がすべての判断をし、主要な取引先も社長個人とつながっている。そんな会社は、社長が抜けた瞬間に価値が大きく目減りします。逆に、社長がいなくても現場が回る仕組みができている会社は、買い手にとって引き継ぎやすく、それが値段に反映されます。会社を売れる状態にするとは、突き詰めれば「社長個人と会社を切り離しておく」ことなのだと思います。
買い手の気持ちになると分かりやすいと思います。会社を買うということは、その後何年も経営を続けるということです。買った翌日から社長が消えても現場が回るのか、それとも前の社長に頭を下げ続けないと立ち行かないのか。買い手はそこをいちばん心配します。だからこそ、社長への依存が薄い会社ほど安心して値段を付けてもらえるわけです。ここは一朝一夕には変えられない部分なので、早めに意識しておくほど後で効いてきます。
高く売るために今からできることはあるか
できることはあります。売却を決めてから慌てて手を打つより、時間をかけて会社を「磨き上げて」おくほうが、値段にも買い手の付きやすさにも効いてきます。特別なことではなく、地道な整理が中心です。
やっておくと効くのは、次のような点です。数字の見える化、属人化の解消、そして不要な資産の整理です。
- 数字を見えるようにする。決算書だけでなく、どの商品・どの取引先で儲けているのかを整理しておくと、買い手に会社の稼ぐ力を説明しやすくなります。
- 属人化を解消する。社長しか知らない仕事の進め方や取引先とのやり取りを、書き出して人に渡せるようにしておく。これが会社の価値を守ります。
- 不要な資産を整理する。事業に使っていない土地や、社長個人の色が濃い資産は、あらかじめ切り分けておくと話がすっきりします。
こうした磨き上げは、どれも時間がかかります。属人化の解消など、一年や二年では終わらないものもあります。だからこそ、「まだ売る気はないが、いつかは」という段階から少しずつ手を付けておくと、いざというときに有利に運べます。早く始めた分だけ、選べる道が広がると考えてください。事業の引き継ぎ全般については、M&A・事業承継の支援のページも参考になります。
査定やシミュレーションを受けるときの注意
会社の値段を知りたいとき、無料査定や価格シミュレーションを使うことになります。便利な入口ですが、いくつか気をつけたい点があります。まず頭に入れておいてほしいのは、無料査定は「入口」であって「約束」ではない、ということです。
査定で出てくる金額は、あくまで一定の前提を置いた試算です。実際にその値段で売れると保証するものではありません。むしろ注意したいのは、契約を取るために高めの金額を提示してくる会社がある、という点です。だからこそ、査定を受けるときは金額そのものより、「なぜその金額になるのか」の説明をよく聞いてください。根拠をていねいに説明してくれるかどうかが、信頼できる相手かを見分ける手がかりになります。
あわせて確認しておきたいのが、仲介にかかる費用です。売却で手元に残る金額は、売値から手数料を引いた後の金額だからです。手数料の算定基準や、成約額が小さくてもかかる最低報酬額は、査定の段階で必ず確かめておいてください。たとえば売値が思ったより低くても最低報酬額だけはしっかりかかる、というケースは実際にあります。「いくらで売れるか」と「いくら手元に残るか」は別の話だと考えておくと、後で慌てずにすみます。
仲介手数料の仕組みは、M&Aの仲介手数料の相場とレーマン方式の記事でくわしく説明しています。ちなみに当社Enridgeでは、株式価値の算定基準や料金を料金ページで公表しています。金額の根拠と費用の基準、その両方をはっきり示してくれるかどうかは、相手を選ぶうえで分かりやすい目安になります。数字を濁さずに説明してくれる相手を選んでください。
よくある質問
会社の値段は誰に聞けばわかりますか?
M&Aの専門家(仲介会社、M&Aアドバイザー、または公的な事業承継・引継ぎ支援センター)に相談すれば、目安を出してもらえます。決算書の中身や事業の強みを見たうえでの試算になるため、ネット上の自動計算だけで完結させず、一度は人に見てもらうことをおすすめします。中立の立場で聞きたい場合は、無料の公的窓口から始めるのも一つの手です。
営業権(のれん)とは何ですか?
のれんとは、会社の正味財産(純資産)を超えて支払われる部分のことです。年買法でいう「営業利益の数年分」の上乗せが、まさにこののれんにあたります。ブランド、取引先、技術、従業員といった、決算書には金額で載らない「稼ぐ力の源」に対する対価だと考えると分かりやすいと思います。
従業員10人以下の小さな会社でも売れますか?
売れます。会社の規模が小さいことは、それだけで売れない理由にはなりません。むしろ近年は、小規模な会社を引き継いで経営したいという買い手や個人も増えています。技術や取引先、地域での信用といった強みがあれば、規模にかかわらず引き継ぎ手が見つかることは十分にあります。
売れない会社にはどんな特徴がありますか?
買い手が「引き継いでも続けられない」と感じる会社は、売りにくくなります。社長個人に頼りきっていて社長が抜けたら回らない、特定の取引先や社長の人脈だけで成り立っている、赤字が続いていて改善の見込みが説明できない、帳簿や資料が整っておらず会社の中身を説明できない、といった特徴です。ただ、これらは裏を返せば「手を打てば改善できる点」でもあります。あきらめる前に、まず何が引っかかっているのかを整理してみてください。
この記事の執筆者
下地 貴之(しもじ たかゆき)/合同会社Enridge 代表社員。中小企業診断士、事業承継・M&Aエキスパート。山梨県事業承継・引継ぎ支援センター 統括責任者補佐(2017〜2025)として、8年間にわたり数多くの経営者の事業承継・M&Aに携わる。現在は中小企業基盤整備機構 事業承継アドバイザーとしても活動。会社の値段の付け方という理屈の部分と、実際に譲渡が成立する現場の両方を見てきた立場から、経営者にとって役立つ判断材料を中立の目線でお伝えしています。
会社の値段が気になったら
「うちはいくらくらいなのか」。その素朴な疑問から、話を始めていただいて構いません。売る・売らないをまだ決めていない段階でも、いまの会社の値打ちを知っておくことは、これからの経営判断の土台になります。
Enridgeは、元・山梨県事業承継・引継ぎ支援センター統括責任者補佐が運営する会社です。無理に売却をすすめることはいたしません。まずは会社の現状を一緒に整理するところから、ご一緒します。無料相談はお問い合わせからお気軽にどうぞ。