事業承継の進め方5ステップ|何から始めて何年かかるのか
下地 貴之
代表社員・中小企業診断士
「そろそろ会社の先のことを考えないといけない」とわかっていても、いざ何から手をつければいいのかとなると、途方に暮れてしまう。事業承継の相談を受けていると、この段階でつまずいている経営者が本当に多いと感じます。やることが多そうで、どこが入口かが見えないのです。
筆者(下地貴之)は、山梨県事業承継・引継ぎ支援センターの元統括責任者補佐として、8年間この相談を受け続けてきました。その経験から言えるのは、事業承継には国が示した「進め方の型」があり、その型に沿って一つずつ進めれば、決して手に負えない話ではないということです。この記事では、中小企業庁「事業承継ガイドライン」が示す5つのステップを軸に、何から始めて、何年くらいかかるのかを整理します。
事業承継は、何から始めればいいのか
まず何をするか。答えは拍子抜けするほど単純で、国のガイドラインが示す5ステップの第一歩は「事業承継に向けた準備の必要性の認識」です。つまり、この記事を開いて「そろそろか」と考えている時点で、あなたはもう最初の一歩を踏み出しています。
中小企業庁の「事業承継ガイドライン」は、経営者が概ね60歳に達した頃には事業承継の準備に取りかかることが望ましい、としています。60歳という数字を見て「まだ元気だから先の話」と感じる方もいますが、ガイドラインがこの年齢を挙げているのは、承継には年単位の時間がかかるからです。準備の必要性に気づくこと、それ自体がステップ1です。難しい手続きの前に、まず「自分ごととして考え始める」ことがスタート地点になります。
事業承継の5ステップとは何か
事業承継の進め方は、大きく5つのステップに分かれます。中小企業庁「事業承継ガイドライン」(第3版)が示す全体像を整理すると、次のようになります。
ステップ | やること |
|---|---|
ステップ1:準備の必要性の認識 | 「そろそろ承継を考える時期だ」と気づき、準備に着手する |
ステップ2:経営状況・経営課題等の把握(見える化) | 会社の数字・株式の所在・個人の資産と負債を整理し、現状を把握する |
ステップ3:経営改善(磨き上げ) | 会社の価値を高め、後継者や買い手に引き継ぎやすい状態に整える |
ステップ4-1:事業承継計画の策定/4-2:M&Aの工程の実施 | 親族・従業員に継ぐなら承継計画をつくる。社外に引き継ぐならM&Aの工程を進める |
ステップ5:事業承継・M&Aの実行 | 計画や交渉の内容を実行に移し、経営を引き継ぐ |
この表で目を留めてほしいのが、ステップ4で道が二手に分かれる点です。息子や娘、あるいは番頭格の従業員に継がせる場合は「4-1 事業承継計画の策定」に進みます。一方、身内や社内に継ぐ人がいない場合は「4-2 M&Aの工程の実施」、つまり第三者への引継ぎに進みます。ステップ1から3までは、どちらの道を選ぶにしても共通して必要な土台づくりです。まず土台を固め、ステップ4で自社に合った道を選ぶ。この構造を頭に入れておくと、以降の話がぐっと分かりやすくなります。
ステップ1・2:現状を把握する
準備の必要性に気づいたら、次にやるのは会社の「今」を正確に知ることです。ガイドラインが「見える化」と呼ぶこの作業では、主に三つのものを整理します。会社の数字、株式が誰の手にあるか、そして経営者個人の資産と負債です。
会社の数字は、直近の決算書だけでなく、数期分を並べて売上や利益の流れをつかみます。取引先との関係、主力商品の強さ、借入の状況といった「決算書に数字で出ない実態」も、この段階で棚卸ししておきます。要は、後継者や外部の人が見たときに「この会社はどういう会社か」が分かる状態にすることです。
ここで、センターでの8年間を通じて痛感したことを一つお伝えします。株式の所在確認は、見える化の中でも最優先だということです。先代からの相続や、かつての名義貸しの名残で、株が親族や元役員にばらばらに分散したままになっている会社が、実に多いのです。社長本人は「全部自分の株だ」と思い込んでいたのに、調べてみたら三割は叔父や従兄弟が持っていた、というケースは珍しくありません。株が分散していると、いざ承継やM&Aを進める段になって、後継者が経営権を完全に握れなかったり、買い手が二の足を踏んだりします。集めるには相手の同意も相続の整理も要るため、時間がかかります。だからこそ、早い段階で「誰が何株持っているか」を確認しておくことが、後々の詰まりを防ぎます。
もう一つ、忘れられがちなのが経営者個人の資産と負債の整理です。中小企業では、会社の借入に社長個人が連帯保証(経営者保証)を付けていたり、社長個人の土地を会社の工場や事務所として使っていたりすることがよくあります。こうした「会社と個人が一体になっている部分」を放置したまま承継を進めると、後継者に思わぬ形で個人保証が引き継がれたり、事業に使っている不動産の権利関係でもめたりします。会社の名義なのか個人の名義なのか、保証はどうなっているのか。ここを一度きれいに切り分けて把握しておくことが、後継者の負担を軽くする第一歩になります。個人保証については、近年は解除に向けた仕組みも整いつつあるので、見える化の段階で現状を確認しておく価値は十分あります。
ステップ3:会社を磨き上げる
現状が見えたら、次は弱点を直して会社の価値を高めていきます。ガイドラインが「磨き上げ」と呼ぶ工程で、やることは主に、仕事の属人化の解消、数字の見える化、そして使っていない資産の整理です。
属人化の解消とは、「社長がいないと回らない」状態を「社長がいなくても回る」状態に近づけることです。社長の頭の中にしかない段取りや取引先との呼吸を、後継者や幹部に引き継げる形にしていく。これは親族に継がせる場合も、第三者に売る場合も、会社の価値を大きく左右します。数字の見える化は、どんぶり勘定を改め、部門ごと・商品ごとの採算が見える状態にすること。遊休資産や不要な在庫、使わない不動産の整理も、身軽で分かりやすい会社にするために効いてきます。
属人化がどれほど価値を左右するか、業種を伏せて一例を挙げます。ある製造業の会社では、長年の主要取引先とのやり取りも、材料の仕入れ先との価格交渉も、すべて社長一人が握っていました。腕は確かで利益も出ている良い会社でしたが、いざ第三者への引継ぎを検討したとき、買い手からは「社長が抜けたら取引が続く保証がない」と評価が伸び悩みました。そこで数年かけて、幹部社員に取引先を引き合わせ、仕入れの記録を残し、社長がいなくても商談が回る体制を整えたところ、会社の見え方は大きく変わりました。磨き上げは、こうして「社長個人の力」を「会社の力」に置き換えていく作業でもあります。時間はかかりますが、その分だけ会社は強く、継ぎやすくなります。
この「磨き上げ」で会社の価値を上げるという話は、会社はいくらで売れる?で解説した「価格を左右する要素」とそっくり同じ中身です。属人化していない、数字がきれいに見える、余計な資産がない。そういう会社ほど、後継者にとっては継ぎやすく、買い手にとっては高く評価されます。磨き上げは、身内に継がせる場合でも「継いだ後に苦労させないための投資」だと考えると腑に落ちます。
ステップ4・5:計画をつくり、実行する
土台が整ったら、いよいよ具体的な承継の計画づくりと実行に入ります。ここで、先ほど触れた道の分岐がはっきりします。親族や従業員に継ぐならステップ4-1の「事業承継計画」、第三者に引き継ぐならステップ4-2の「M&Aの工程」です。そしてステップ5で、その計画や交渉を実行に移します。
親族・従業員に継ぐ場合(ステップ4-1)
身内や社内の人に継がせる場合は、「事業承継計画」というスケジュール表をつくります。中身は大きく三つ。株式をいつ、どうやって後継者に移すか。そのときにかかる税金にどう備えるか。そして後継者をどう育てるか、です。株式の移転は贈与か売買か相続かで税負担が変わり、事業承継税制という納税を猶予する制度が使えることもあります。後継者教育は一朝一夕にはいきませんから、何年かけて現場・数字・取引先を任せていくかを、逆算して年表に落とし込みます。
計画づくりで見落とされやすいのが、後継者以外の家族への配慮です。たとえば長男に会社と自社株を継がせる場合、株の価値が財産の大半を占めると、他の兄弟の相続分とのバランスが崩れ、後々の争いの火種になることがあります。誰に何をどう分けるかを、承継計画と相続の両にらみで早めに整理しておくと、家族の関係を壊さずに済みます。事業承継計画は、単なる会社の引継ぎの段取りではなく、家族の将来設計そのものでもあるのです。だからこそ、税理士や専門家と相談しながら、数字と気持ちの両面で無理のない形を探っていくことになります。
第三者に引き継ぐ場合(ステップ4-2)
社内に継ぐ人がいない場合は、M&Aの工程に進みます。相手(買い手)を探し、条件を交渉し、契約を結ぶという流れです。会社の価値を見積もり、秘密を守りながら相手を探し、双方が納得できる条件をすり合わせていく。専門的な作業が多く、進め方を誤ると足元を見られたり、大事な従業員が離れてしまったりもします。M&A・事業承継の支援のような専門家の力を借りるのが現実的なのは、まさにこの段階です。
どちらの道でも、ステップ5の「実行」は最後の関門です。計画は絵に描いた餅で終わってはいけません。株式を実際に動かし、経営のバトンを渡し、あるいは契約に調印して引継ぎを完了させる。ここまで来て、事業承継はようやく一区切りとなります。
事業承継には何年かかるのか
「何年かかるのか」は、多くの経営者が最初に気にする点です。ガイドラインの一次データで見ると、答えの輪郭が見えてきます。ガイドラインは60歳頃の準備開始を目安とし、あわせて、後継者が経営者になるために必要と思う準備期間について「5年以上」と答えた人が約5割にのぼる(中小企業白書2019年版)と紹介しています。
この二つの数字を重ねると、一つの現実が浮かびます。60歳前後で準備を始め、後継者を育てるのに5年前後を見込む。つまり、事業承継は年単位で構える話であって、「まだ早い」という時期はほとんど無い、ということです。今日始めても、決して早すぎることはありません。
なぜそれだけの時間が要るのか、時間のかかりどころを分けて考えると腑に落ちます。ステップ2の見える化で、分散した株を集め直したり、会社と個人の切り分けを整理したりするのに、相手のある話なので数か月から年単位。ステップ3の磨き上げで、属人化を解いて後継者や幹部に仕事を移すのに、これも数年。そして親族内承継なら後継者教育に、M&Aなら相手探しと交渉に、それぞれまとまった時間がかかります。一つひとつは特別に長くなくても、順に積み上げれば全体で数年になる、というのが実態です。逆に言えば、時間さえかければ一つずつ確実に片づけられる話でもあります。
センターでの実感を正直に言えば、相談が早すぎて困ったことは、一度もありませんでした。早ければ早いほど、株を集める、後継者を育てる、会社を磨くといった時間のかかる作業に、じっくり取り組めます。逆に、遅かったために選択肢が消えていった例は、いくつも見てきました。経営者が体調を崩してから慌てて動き出し、後継者を育てる時間も、買い手をゆっくり探す余裕も残っていなかった、というような場面です。時間だけは、後から買い戻すことができません。準備の時間があるうちに動くことが、そのまま選べる道の多さになります。
誰に相談しながら進めればいいのか
5ステップを一人で抱え込む必要はありません。むしろ、各段階で適切な相手に相談しながら進めるのが、遠回りに見えて一番の近道です。誰に何を相談すればよいかは、ステップによって変わってきます。
最初の見える化や「そもそも何から」の整理は、無料で中立の公的窓口が向いています。国が各都道府県に設けている窓口の役割は、事業承継・引継ぎ支援センターとはで詳しく解説しました。数字や自社株の評価は顧問税理士、相手探しや交渉は民間の専門家、というように、段階に応じて相手を使い分けます。「結局どこに話を持っていけばいいのか」で迷ったら、事業承継は誰に相談すればいい?に、窓口ごとの得意と限界を正直にまとめてあります。一つに絞る必要はなく、無料の窓口で全体像をつかんでから、必要に応じて専門家を足していく。この順番が、費用の面でも安心の面でも、無理がありません。
よくある質問
事業承継の準備は何歳から始めるべきですか?
中小企業庁のガイドラインは、経営者が概ね60歳に達した頃には準備に取りかかることが望ましい、としています。ただしこれは「60歳になったら」という意味ではなく、「遅くとも60歳頃には」という目安です。株の整理や後継者の育成には年単位の時間がかかるため、50代のうちに準備を始めても、決して早すぎることはありません。
後継者がいなくても5ステップは同じですか?
ステップ1から3までは、後継者がいてもいなくても同じです。準備の必要性に気づき、現状を見える化し、会社を磨き上げる。この土台づくりは共通です。分かれるのはステップ4からで、身内や社内に継ぐ人がいなければ、ステップ4-2の「M&Aの工程」、つまり第三者への引継ぎに進みます。後継者不在は、事業承継をあきらめる理由にはなりません。
事業承継計画書とは何ですか?
親族や従業員に会社を継がせる場合につくる、承継のスケジュール表のことです。株式をいつ・どうやって後継者に移すか、そのときの税金にどう備えるか、後継者をどう育てるかを、年単位の年表に落とし込みます。頭の中の「いつかは継がせたい」を、実行できる計画に変えるための道具だと考えてください。
途中で方針が変わってもいいですか?
問題ありません。実際、「息子に継がせるつもりだったが、本人が継がないと決めた」「社員に譲ろうとしたが資金面で折り合わず、第三者への売却に切り替えた」といった方針転換は、よくあることです。ステップ1から3の土台づくりは、親族内承継でもM&Aでも同じように活きます。だからこそ、まず現状把握と磨き上げを進めておけば、途中で道が変わっても、そこまでの準備が無駄になることはありません。
この記事の執筆者
下地 貴之(しもじ たかゆき)/合同会社Enridge 代表社員。中小企業診断士、事業承継・M&Aエキスパート。山梨県事業承継・引継ぎ支援センター 統括責任者補佐(2017〜2025)として、数多くの経営者の事業承継・M&Aに携わる。現在は中小企業基盤整備機構 事業承継アドバイザーとしても活動し、経営診断から承継の実行まで一貫して支援している。
どのステップからでも、ご一緒できます
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